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イリスを戦場に連れてったらどうなるんだろうと。
まあ勿論言わずもがなレイヴンが庇うだろうけど。
私の背後で煌いていたのは、無数の矢だった。
閑凪のように避ける事も、流牙のように叩き落す事も、紅煉のように焼き尽くす事もできない私は、ただ立ち尽くすしか出来ない。
……いいえ、立ち尽くしているわけじゃない。足が震えて動かない。
「イリス!!」
私でも滅多に聞く事のできない、私の大事な人の声が聞こえた。
逃げて、と。
走って、と。
だけど私は降り注ごうとする矢に目を瞑る事しかできなかった。
今までレイヴンのお蔭で数多の追っ手を撒いて来たけれど、今度こそ殺される。
そう思ってしまったからこそ私の足は止まり、目を瞑ってしまった。
目を硬く瞑ったが、痛みは一向に現れなかった。
もしや死ぬ時は痛みなど感じないのだろうかとも思ったけれどそれは違う。
私が今まで診てきた、瀕死の重傷を負い、戦場から帰って来た兵士達は死の間際まで呻いていた。
ならどうして痛みが来ないのか。硬く瞑っていた瞼を開くと、目の前には蒼く流れるような髪が靡いていた。
「れ、レイヴン……!」
それがレイヴンだと気付き、また守られたのだと悟った。
だがレイヴンの胸には私が受ける筈だった矢が深々と突き刺さっていた。
矢を引き抜き、血飛沫を撒き散らすレイヴンに矢は容赦なく降り注ぐ。
勿論レイヴンも手にしている長剣で応戦するけれど、相手の数が多すぎる。
ある時は剣圧で、ある時は魔術で矢を兵士ごと蹴散らすが、減る気配は一向に無い。
私はともかく、レイヴンはああ見えて帝国で一、二を争う実力を持っている。
更に世界で一人全属性魔術を収めている為、一個師団など物ともしない。
恐らく、この奇襲には帝国軍の殆どが投入されているのだと思う。
理由は一つ。
私もレイヴンも、敵に回れば厄介でしかないから。
「……っ」
四方八方から降り注ぐ矢。
私が危なくなればレイヴンは率先して守ってくれるけれど、その分レイヴンへ突き刺さる矢の数は増えていく。
やめてと叫んでも、兵達は聞いてくれない。
元々私達を帝国へ連れ戻す、若しくは殺す為に来たのだから私の制止を聞く訳が無い。
ほんの少し前なら私の言葉を聞いてくれたし、レイヴンに刃を向けようともしなかった人達なのに。
「イリス……」
レイヴンに呼ばれ、顔を上げる。
血に濡れた横顔は私に目を瞑るよう言っていた。
私はどうする事もできなくて、ただ促されるままに目を瞑った。
瞼を閉じた事で視界が真っ暗になる。
刃が見えなくなった事でほんの少し恐怖が和らぐが、その間にレイヴンが攻撃に転じた。
私はレイヴンの攻撃手段を見たことが無い。
いつもレイヴンは、敵を倒す時私に目を瞑るように言う。
それは誰にも見られたくないからなのか、私に戦い方を見せたくないからなのか……
「ばっ、バケモノぉぉぉぉッ!!!」
兵士の声が耳を劈く。
再び膨れ上がった恐怖に耳までも塞ぐ。
レイヴンが”攻撃”する。
それはつまり、相手を殺している事。
治癒士として帝国にいた時でも人の死は何千何万と見てきた。
だけどそれはあくまでも怪我や病気が原因での穏やかな死。
あるいは病室のベッドの上でもがき苦しみながらもたらされる死。
殺される瞬間の……他者によって唐突に命を経たれてしまう瞬間はいつまで経っても慣れない。
「……イリス」
レイヴンの声が聞こえ、優しく頭をなでられた。
これは終わったと言う事。もう目を開けてもいいと言うレイヴンなりの表現だ。
恐る恐る目を開けると、辺りには何も無かった。
追手の兵士も、兵士達が持っていた武器も、何もかも。
それに対して片目は潰され陥没しており、体中が傷だらけだった。
これが常人だったら大怪我どころか瀕死の重傷。医者も見ただけで匙を投げてしまうだろう。
私は急いで治癒を始めるけれど、レイヴンにとって私の治癒術はそんなに必要なものじゃない。
死ぬ事も、痛みを感じる事も無いレイヴン。
レイヴンが体内に宿している闇はレイヴンから全てを奪っている。
「…なさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
謝罪の言葉と涙が同時に溢れ出た。
一つは身を挺して私を守ってくれたレイヴンに。
もう一つは私達の捕獲を命じられたが故に殺されてしまった兵士達に。
やっぱり私なんかが来てもいい所じゃなかった。我儘なんて言うべきじゃなかった。
戦う術を持たない私が一緒にいても、自らの非力さを思い知るしかできない。
目尻から零れる涙に布が当てられる。
血で染まっていたけれど、それはレイヴンの着ている服の袖だった。
「……泣かないで、愛しい翼。私なら大丈夫だから」
微かに聞こえた言葉と共に、私はレイヴンに抱き締められた。